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豊ノ島のブログ「豊ノ島のブログ」 [スポーツ選手]

豊ノ島 大樹(とよのしま だいき、1983年6月26日 -(1983年6月29日生まれという説もある))は、高知県宿毛市出身で時津風部屋所属の現役大相撲力士。本名は梶原大樹(かじわら だいき)、愛称はカジ。身長170cm、体重150kg、血液型はA型、星座は蟹座。得意技は左四つ、寄り、下手投げ。明るい性格。趣味は音楽鑑賞、カラオケ釣りボウリングと多種多様である。最高位は西関脇2008年9月場所、2010年3月場所)。


豊ノ島.jpg豊ノ島1.jpg豊ノ島2.jpg

座右の銘は「三年先の稽古」。小学生のときに相撲を教わった恩師の言葉だという。その言葉は自身のブログのタイトルにもなっている。また、自身と同じブログ力士である、雅山、普天王らとも仲が良い。酒は飲めない。

豆腐店の長男で小学校1~3年生まではサッカーをやっていた。1998年片島中学校3年生のとき、全国都道府県中学相撲大会で個人・団体優勝。2001年宮城国体では、県少年選抜チームの1人として相撲競技の団体優勝に貢献。父親の知人が時津風部屋の後援会長をしていた縁もあり、宿毛高校を卒業後に同部屋に入門。なお、宿毛高校相撲部時代の恩師は土佐ノ海の弟にあたる。琴奨菊とは中学時代からのライバルであり親友でもある。

2004年5月場所に新十両となり、第二検査受検合格者での初の関取に昇進した。同年9月場所に新入幕。2005年7月場所には十両に陥落したが、同年9月場所では西十両筆頭で14勝1敗と自身初の十両優勝を果たした。だが新入幕を果たしてからしばらくの間は、なかなか大勝ちできず幕内下位でくすぶっていた。

転機となったのは2007年1月場所で、14日目に敗れるまで朝青龍を1敗差で追いかけ優勝争いを演じ、最終的に12勝3敗の優勝次点の成績を収めた。この場所では、11日目には春日王小手投げをこらえて豪快な外掛けを決め、千秋楽も琴光喜を下し、12勝3敗の成績と多彩な技が評価され敢闘賞技能賞を初めて受賞した。

3月場所には自己最高位の西前頭筆頭にまで大躍進し、その場所でも2大関からの白星を含めて8勝7敗と勝ち越した。そして5月場所では小結となり新三役昇進を果たした。これもまた第二検査合格者としては初の快挙である。

しかし、2007年4月30日時津風部屋へ出げいこを行った朝青龍との稽古中に、右ひざと足首の靱帯を損傷する怪我を負った。豊ノ島は全治2週間と診断され、朝青龍には大きな批判が寄せられたが、豊ノ島自身は公式ブログ上で「稽古中の事故」としている。5月9日には時津風親方が休場の可能性を示唆したが、10日には怪我が完治していないものの強行して出場することを明らかにした。その初日に朝青龍との取り組みが組まれたが、立合いすぐに豊ノ島が腰から落ちて負けてしまった。結局その場所豊ノ島は4勝11敗と負け越してしまった。翌7月場所は怪我が完治していない中で出場したが7勝8敗と負け越してしまった。

2007年9月場所では白鵬から初の金星をあげ(白鵬がはじめて配給した金星でもあった)、さらに琴欧洲、琴光喜の2大関を破って勝ち越し、本人初となる殊勲賞を受賞した。しかし、この場所の直後に時津風部屋力士暴行死事件が発覚したため、自身のブログの更新をそれ以降自粛している。

2008年1月場所、3月場所はいずれも6勝9敗。身長に比べると体重が増えすぎており、上位に定着できた理由とはいえ、親方衆からは苦言も呈されている。一時は147キロになっていたが、さすがに廻しが取れなかったりする不便が出てきたため、2008年5月場所は5キロ減らして142キロで11勝4敗。それでもまだ腰にかかる負担が多かったのか、2008年7月場所は腰にM字型のテーピングをしながらの出場となったが、初日いきなり土俵際捨て身の投げで朝青龍を破ると、3日目には先場所優勝の琴欧洲に完勝するなど存在感を示し、10勝5敗と三役では初の勝ち越しとなった。さらに琴奨菊の負け越しにより9月場所では未だに関脇に昇進できていない稀勢の里をよそに関脇昇進を果たした。小結を数多く輩出している時津風部屋からの関脇は、蔵間以来30年ぶりの快挙だったが、6勝9敗と負け越し、翌場所は平幕に陥落した。

2009年1月場所は西小結に復帰したが、7日目の魁皇戦で小手投げで敗れた際に左肘を負傷し中日より途中休場、自身初の休場となった。その後数場所は幕内中位であまり芳しい成績は収められなかったが、2009年11月場所において11勝4敗の成績を挙げて技能賞を獲得した。

2010年1月場所では東前頭筆頭の位置で8勝7敗と勝ち越した。また把瑠都を除いた関脇・小結が総じて負け越したため、3月場所は小結を飛び越して関脇へと昇進した。平幕で8勝7敗で関脇に昇進することはめずらしいケースである。


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